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松山地方裁判所 昭和62年(ワ)529号 判決 1995年1月18日

原告

野間次夫

野間眞知子

右原告ら訴訟代理人弁護士

小笠豊

被告

上野起

右訴訟代理人弁護士

米田功

武田秀治

市川武志

主文

一  被告は、原告野間次夫に対し六六〇万円、原告野間眞知子に対し二五三〇万円及び右各金員に対する昭和五八年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告は、原告野間次夫に対し八五〇万円、原告野間眞知子に対し二七三〇万円及び右各金員に対する昭和五八年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告野間眞知子(以下「原告眞知子」という。)が、原告野間次夫(以下「原告次夫」という。)との間の子(女児、「以下「本件新生児」という。)を昭和五八年八月一七日に被告の経営する産婦人科医院で出産したところ、本件新生児が翌一八日死亡したことについて、原告らが被告に対し診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づき損害賠償を求めている事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  当事者

(一) 原告眞知子は、原告次夫との間の子である本件新生児を出産し、その後の介護を受けるため、被告の経営する上野産婦人科医院(以下「被告医院」という。)に通院及び入院していた。なお、原告眞知子と原告次夫とは、本件新生児が出生した後である昭和五九年三月六日婚姻の届出をした。

(二) 被告は、被告医院を開設し、これを経営している。

2  事実経過

(一) 原告眞知子は、昭和五八年二月一四日、被告医院で被告の診察を受け、妊娠しており出産予定日が同年一〇月六日であるが、切迫早産であると診断された。

(二) 原告眞知子は、同年二月一七日と一八日出血があったので、同月一九日、被告医院に入院して治療を受けたところ、安静と黄体ホルモン療法等の治療により同年三月三日まで続いた出血も治まったので、同月一一日退院した。

(三) 原告眞知子は、同月一六日、再度出血があり、一時流産のおそれがあったものの、その後の経過が概ね順調で、同年四月二八日には治癒し、流産の危険を脱した。

(四) ところが、同年七月一八日再び出血があり、さらに同月二二日に多量の出血があり、前置胎盤・胎盤早期剥離の疑いが強いため、同日午後九時、被告医院に再入院した。

(五) 原告眞知子は、再入院後も出血を繰り返していたが、同月三一日から出血が治まり、一般状態も良好になったため、同年八月三日外泊した。ところが、翌四日、自宅で再び出血したため、同日夜に被告医院に戻って治療を受けたが、その後も出血が続いた。

(六) 原告眞知子は、同月一六日午後一〇時五〇分ころから五ないし六分ごとに陣痛が起こり、前期破水が生じ、次第に陣痛が速くなりその発作も強くなった。

そこで、被告は、原告眞知子には前置胎盤があり、度重なる出血により胎盤早期剥離の疑いがあったので、翌一七日午前零時三五分手術室に移動させ、緊急帝王切開術を実施し、同日午前一時三二分、本件新生児(体重二三二〇グラム)を娩出した。

三  原告らの主張

1  出生後の経過

本件新生児は、低出生体重児・早産児であり、出生後呼吸不良の状態が続いていたところ、出生後二六時間が経過した同月一八日午前三時三〇分、早産未熟児にしばしば見られる無呼吸発作及びこれに続く心不全により死亡するに至った。

2  被告の責任原因

(一) 本件新生児は、低出生体重児・早産児である上、母親が切迫流産及び前置胎盤を合併し、かつ、高齢で出産したものであり、いわゆるハイリスク新生児に該当する。このようなハイリスク新生児については、現在明らかな疾患を持たなくとも、今後何らかの疾患・病態異常を急激に惹起する危険度が高く、仮死、RDS(呼吸促迫症候群)、動脈管開存症、無呼吸発作、感染、低体温、低血糖などを合併し、新生児死あるいは不可逆性の脳障害に陥りやすいため、厳重な監視が必要である。

(二) 転送義務違反について

被告医院においては、本件新生児のようなハイリスク新生児を十分管理する施設が備わっていなかったから、被告は、出生直後、本件新生児を未熟児管理のできる施設に転送すべきであったにもかかわらず、これをしなかった。

(三) 出生後の観察・管理義務違反について

仮に、被告医院で経過を観察するとしても、本件新生児は、ハイリスク新生児であるから、出生後、直ちに本件新生児を保育器に入れた上、モニターを装着して呼吸状態を監視し、体温、血糖、血清カルシウムなどを定期的に測定しながら全身管理を行うべきであり、また、肺・心臓・横隔膜の疾患などの情報を得るため胸部レントゲン検査、血液ガス分析を行うべきであった。ところが、被告は、本件新生児に対しモニターを装着せず、胸部レントゲン検査や血液ガス分析を実施しなかった。

さらに、看護婦による注意深い観察も必要であるが、被告医院においては、本件新生児の出生後、ミルク等を授乳したかどうかなどの記録がないことから見ても、その観察・全身管理は不十分で杜撰である。当直の栗林ミツ看護婦長(以下「栗林婦長」という。)が気付いたときは、本件新生児が既に死亡していたというのが真相である。

(四) 被告の義務違反と本件新生児の死亡との間の因果関係

本件新生児は、出生直後に未熟児管理のできる施設に転送され、あるいはモニターの装着などにより全身管理が行われていれば、救命されていたはずであるから、被告の右各義務違反と本件新生児の死亡との間には因果関係がある。

3  損害

(一) 逸失利益

本件新生児は、生存しておれば、一八歳から六七歳までの四九年間稼働することができたものと推定されるところ、右期間中、少なくとも年額一五〇万円の収入を得ることができたから、生活費として三割を控除して、ホフマン方式により逸失利益を算定すれば、一七二四万〇一六〇円となる。

原告眞知子は、本件新生児の母として、右逸失利益を相続したが、そのうち一七〇〇万円を請求する。

(二) 慰謝料

原告らは、本件新生児の死亡により、その父母として多大の精神的苦痛を受けたものであり、これを慰謝すべき金額としては各自七五〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告次夫につき一〇〇万円、原告眞知子につき二八〇万円

四  被告の主張

1  出生後の経過

(一) 本件新生児は、三二週六日の早産未熟児であり、出産直後チアノーゼがあり、アプガースコアが九点であったが、三分後には一〇点に達し、経過が良好であり、酸素を投与された後、保育器に収容された。

(二) そして、出生当日の昭和五八年八月一七日午後五時にテスト哺乳として五パーセントのブドウ糖が五シーシー与えられ、また、同日午後八時にミルク五シーシーが与えられたが、哺乳力は良好で、全身状態に異常がなかった。

(三) 翌一八日午前零時にもミルク五シーシーが与えられたが、異常がなかった。

さらに、本件新生児は、同日午前三時ころ、ミルク五シーシーを与えられた後、軽いチアノーゼが口と鼻の周囲に現れたが、授乳していた栗林婦長が本件新生児の足の裏や背中に刺激を与えると、チアノーゼが消失し、呼吸状態や全身状態には異常がなかった。

(四) ところが、同日午前三時三〇分ころ、本件新生児の顔面にチアノーゼが現れ、無呼吸状態になったため、栗林婦長は、応急措置として気管内吸引をするとともに、酸素を投与した上、被告に連絡した。被告は、その一ないし二分後に、新生児室で診察し、酸素の投与に加え、強心剤の注射、心臓マッサージ等の蘇生術を約三〇分間行ったが、結局、本件新生児が死亡するに至った。

2  責任原因

(一) 転送義務違反について

本件新生児の出生後の全身状態が良好であり、しかも、その体重が二〇〇〇グラム以上であったから、そのまま経過観察をするのが産婦人科医の常識である。したがって、被告には他の施設に転送する義務がない。

また、仮に結果的に転送した方がよかったとしても、その当時の愛媛県下における未熟児管理施設の不備ないしは産婦人科開業医の実態から考えると、被告が本件新生児を転送することは困難もしくは不可能というほかない。

(二) 出生後の観察・管理義務違反について

前記のとおり、被告医院においては、本件新生児に対し十分な観察・管理が行われていたものであり、呼吸状態を把握するためのモニターを装着していなかったが、これは、本件新生児の出生後の状態が良好であり、異常が認められなかったためである。また、栗林婦長は、本件新生児に対し十分な観察・管理をしていた。

(三) 本件新生児の死亡原因は、呼吸不全ないしは無呼吸発作に続く心不全の可能性が高いが、横隔膜ヘルニア、肺のう胞性疾患その他何らかの先天性疾患などの進行性の病変があった可能性も認められるところ、これらの先天性疾患の場合、新生児管理の完備した施設においても、その救命率は高くない。したがって、本件新生児が、右のような先天性疾患に基づいて死亡したとすれば、出生直後に他の未熟児管理施設に転送したとしても、完全に救命することができたとはいい難い。

五  争点

1  被告に本件新生児出生後の観察・管理義務違反あるいは転送義務違反があったか否か。

2  被告の義務違反と本件新生児の死亡との間に因果関係があるか。

3  損害の発生の有無及びその額

第三  争点に対する判断

一  本件新生児が死亡するに至る経緯

前記争いのない事実(事案の概要第二の二)に加え、証拠(甲一、二、四、一五、乙一ないし三、証人栗林ミツ、原告眞知子、同次夫、被告)によれば、次の事実が認められる。

1  原告眞知子(昭和二四年八月一五日生)は、昭和五四年九月自然流産したことがあり、昭和五五年六月二四日、被告医院で診察を受けた際、切迫流産と診断され、治療を続けていたが、結局、同年八月二〇日、流産した。

2  原告眞知子は、昭和五八年二月一四日、被告医院で被告の診察を受けたところ、妊娠しており、出産予定日が同年一〇月六日であるが、切迫早産であると診断された。

3  原告眞知子は、同年二月一七日と一八日出血があったので、同日、被告の診察を受けたが、以前に流産を経験していたこともあって、被告医院に入院して治療を受けていたところ、安静と黄体ホルモン療法等の治療により同年三月三日まで続いた出血も治まったので、同月一一日退院した。

さらに、同月一六日、再度出血があり、一時流産のおそれがあったものの、通院治療を受けた結果、症状が安定して経過が概ね順調となり、同年四月二八日には治癒し、流産の危険を脱した。

4  その後定期検診を受けていたが、同年七月一七日出血があり、同月一八日切迫流産と診断され、その治療を受けるようになった。そして同月二二日、多量の出血があったため、前置胎盤、胎盤早期剥離の疑いにより、同日午後九時、被告医院に再入院した。その後も出血を繰り返していたが、同月三一日から出血が治まり、一般状態も良好であったため、同年八月三日外泊を許された。しかし、翌四日、自宅で再び出血し、同日午後九時二五分被告医院に戻って出血と切迫流産に対する治療を受けたが、同月一二日まで出血が続いていたところ、その後は出血はほとんどなくなった。

5  ところが、原告眞知子は、同月一六日午前一時一五分ころ、出血をするようになり、同日午後八時五〇分ころから前期破水が生じ、さらに、同日午後一〇時五〇分ころから五ないし六分ごとに陣痛が起こり、次第に陣痛が速くなりその発作も強くなった。

そこで、被告は、原告眞知子には大量の出血があり、前置胎盤の疑いが濃厚であると判断し、母体と胎児の救助を目的として、翌一七日午前零時三五分、原告眞知子を被告医院の手術室に移動し、緊急帝王切開術を実施し、同日午前一時三二分、本件新生児(女)を娩出した。なお、右手術の結果、原告眞知子に前置胎盤が認められた。

6  本件新生児は、在胎三二週六日の早産未熟児で、体重二三二〇グラム、身長45.5センチ、胸囲29.5センチ、頭囲三〇センチであり、アプガースコアは、出産直後チアノーゼがあり九点であったが、その三分後には一〇点に達し、経過が良好であり、酸素を投与された後、被告医院の二階にある新生児室の保育器に収容された。なお、被告医院には、呼吸に異常があれば警報を発する呼吸モニターが備えられていたところ、被告は、新生児の呼吸状態が悪いとき(アプガースコアが六点以下)呼吸モニターを装着する必要があると考えていたが、本件新生児については、出生直後の状態が良好であると判断して呼吸モニターを装着しなかった。また、胸部レントゲン検査や血液ガス分析も行わなかった。

7  被告は、本件新生児については、出生してからおよそ一五時間三〇分の飢餓時間をおき(成熟児の場合には通常一二時間をおく。)、同日午後五時ころ、栗林婦長に指示してテスト哺乳としてブドウ糖五パーセントを五シーシー与えたところ、本件新生児はこれを飲んだ。さらに、本件新生児は、同日午後八時ころ、ミルク五シーシーを飲んだが、同日午後一一時ころ、ミルク五シーシーを与えられた際には、これを飲まなかったので、栗林婦長は、授乳時間を一時間ずらすことにした。

8  翌一八日午前零時ころ、栗林婦長は、本件新生児に対しミルク五シーシーを与えた。さらに、同日午前三時ころ、ミルク五シーシーを与えた際には、本件新生児の哺乳力が弱い上、授乳後に本件新生児の口と鼻の周囲にチアノーゼが現れたので、その足の裏と背中を触るなどして刺激をしたところ、チアノーゼが消失した。

9  その後、栗林婦長は、原告眞知子の病室に行ってその様子を見たり他の新生児に授乳したりしていたところ、同日午前三時三〇分ころ、本件新生児の顔面にチアノーゼが現れ、無呼吸状態に陥っていることに気付き、直ちに、気管内の吸引をしたが、気管内には異物が詰まっているような状態ではなかった。その後、酸素マスクをその口に当てて酸素を投与した上、四階に住んでいる被告に連絡した。

10  被告は、栗林婦長の連絡を受けるや、直ちに新生児室に駆け付け、本件新生児に対し強心剤を注射し心臓マッサージを行うなど蘇生術を実施したが、回復しないまま、本件新生児は、同日午前三時五五分ころ死亡した。

11  被告は、同日午前四時三〇分ころ、原告眞知子に付き添って病室に泊り込んでいた原告次夫を新生児室に呼び寄せ、本件新生児が死亡したことを知らせ、さらに、同日午後零時ころ、原告次夫と相談の上、本件新生児を死産扱いとすることにした。

12  被告は、その後、本件新生児のカルテを処分した。

二  ハイリスク新生児及び死亡の原因

1  ハイリスク新生児について

証拠(甲五ないし七、一〇、一二、鑑定の結果)によれば、次の事実が認められる。

(一) ハイリスク新生児とは、その既往及び所見から児の生命及び予後に対する危険が高いと予想され、出生後のある一定期間観察を必要とする新生児をいう。このような新生児は、現在明らかな疾患を持たなくとも、仮死、RDS(呼吸促迫症候群)、動脈管開存症、無呼吸発作、感染、低体温、低血糖等を合併し、新生児死あるいは不可逆性の脳障害に陥り易い。

(二) ハイリスク新生児の範疇に入るかどうかは、次のような因子により鑑別判定され、そのうち、出生体重と在胎週数から判定されるハイリスク新生児が最も頻度が高く、リスク因子も高い。

(1) 出生体重

低出生体重児(出生体重二五〇〇グラム未満)、極小未熟児(出生体重一五〇〇グラム未満)、超未熟児(出生体重一〇〇〇グラム未満)などのように出生体重が小さい児ほど未熟性及び胎内発育不全の程度が高いため、その死亡率や罹患率が高くなり、ハイリスク新生児とされている。

(2) 在胎週数

早産児(在胎週数三七週未満)及び過期産(在胎週数四二週以上)については、おのおの未熟性に起因する問題及び胎盤機能不全による問題が起こりうるため、ハイリスク新生児とされる。

(3) 妊娠及び分娩に関与した因子

母親の過去の妊娠及び分娩歴に奇形や染色体異常など遺伝性疾患を疑わせる既往のある場合、あるいは母親が高齢である場合(特に三五歳以上)には、異常出生が起こる可能性があるため、ハイリスク新生児とされる。

(三) ハイリスク新生児に対する対応

出生早期のハイリスクの時期には、次のよう措置を講じて綿密な観察をしなければならない。

(1) 適切な保温と感染防止のため、新生児をできるだけ早く保育器に収容する。

(2) 出生後、呼吸の異常やチアノーゼが見られる場合、酸素濃度を調節しながら、保育器内に酸素を投与する。

(3) モニターを新生児に装着して、呼吸障害がある場合それが完治するまで、また呼吸障害がない場合一般状態が安定するまでの間、無呼吸発作や心拍数の変化の監視を継続して行う。また、胸部レントゲン検査や血液ガス分析を行い、呼吸状態などを把握する。

(4) リスク因子が高い場合、新生児施設に転送する。

2  本件新生児の死亡原因について

(一) 前記認定のとおり、本件新生児は、出生当時の体重が二三二〇グラムの低出生体重児で、かつ、在胎三二週六日の早産児であるから、本件新生児についてはハイリスク新生児の範疇に入るというべきである。

(二) 前記一認定の死亡に至る経緯に被告本人の尋問及び鑑定の各結果を併せ考えると、在胎週数、体重の少ないハイリスク新生児の場合、一般的に、無呼吸発作がしばしば見られ、そのまま放置すれば、死亡又は不可逆性脳障害を来すことがあることからすると、本件新生児は、その全身状態が急変して右のような無呼吸発作及びこれに続く心不全により死亡したものと推認するのが相当である。

被告は、本件新生児の死亡原因につき、何らかの先天性の疾患の可能性もある旨主張する。確かに、鑑定の結果中には、ハイリスク新生児の場合、成熟児に比し先天性の疾患の発症率が高く、発症していた場合、その救命率が高くないという部分があるが、鑑定の結果によっても、本件新生児のような二〇〇〇グラム以上ある新生児の場合は、先天性の重大な疾患の発症率はそれほど高くないことが認められるから、本件新生児について先天性の疾患を疑うに足りる証拠がない以上、被告の右主張は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  被告の責任

1 被告の転送義務違反について

(一)  前記認定のとおり、本件新生児は、ハイリスク新生児であり、現在明らかな疾患を有しなくても、仮死、RDS、無呼吸発作等の合併症を引き起こして、新生児死あるいは不可逆性の脳障害に陥り易いので、ハイリスク新生児として出生後一定の期間厳重な観察を必要とする。したがって、このようなハイリスク新生児の場合、その症状が急変しても対応できるようにするため、一般的には未熟児室を備え十分な管理のできる新生児施設に転送した方が望ましいと思われる。現に、鑑定の結果によれば、本件新生児については、転送すべきであったとされる。

(二)  しかしながら、本件新生児の場合、出生当時の体重が二〇〇〇グラムを超えており、アプガースコアが出産直後の九点からその三分後に一〇点に達し、その経過が良好であり、重篤な症状に陥る格別の徴候がなかったことに加えて、証拠(乙六ないし九、証人重川嗣郎)によれば、その当時、愛媛県下では、新生児施設の受入れ機関が少なかったため、一般の産婦人科医院で分娩がなされた場合、新生児に異常があったとき、体重が二〇〇〇グラム未満のときあるいは在胎週数が三二週未満のときであって、かつ、新生児施設で受入れ可能なときに限り転送していたが、そうでない場合には産婦人科医院で治療を行っていたというのが現状で、同県の産婦人科医会の了解事項でもあったことが認められ、これらの事情を考慮すると、ハイリスク新生児であったとしても、また、後記認定のとおり被告医院がハイリスク新生児の介護体制が不十分な場合でも、本件新生児のように体重及び在胎週数が基準を超え、出生後に具体的な症状が認められないような場合には、新生児施設に転送させる注意義務が被告にあったとまでは認めることは困難である。

2 被告の観察・管理義務違反について

(一)  被告医院の診療体制

証拠(乙四、証人栗林ミツ、被告)によれば、次の事実が認められる。

(1)  被告医院は、四階建てのビルであり、二階には看護婦詰所、新生児室及び分娩室があり、新生児室は、看護婦詰所と隣り合わせで、ガラス戸で仕切られており、看護婦詰所からの見通しはよい。また、病室は、二階と三階に合計一九床ある。なお、四階は被告の自宅である。

(2)  被告医院の医師は被告のみであり、手術を行う場合、他の病院の医師に応援を求めている。また、原告眞知子が出産をした当時には、栗林婦長(助産婦を兼ねる。)のほかに、一〇人前後の看護婦が勤めており、昼間は、新生児の観察には看護婦三人が当たっているが、夜間は、看護婦一人が当直として勤務し、入院中の妊婦や新生児等の看護に従事していた。被告医院には、新生児の呼吸の状態を監視し、無呼吸発作が生じたら警報の鳴るモニターがあった。

(3)  本件新生児出生後の夜間の看護体制は、出生した一七日から翌一八日にかけて、栗林婦長一人が、当直勤務しており、本件新生児を含め八人の新生児とその母親の看護に当たっていた。なお、全新生児に授乳するために、およそ一時間三〇分要していた。

(二)  ところで、前記のとおり、ハイリスク新生児は、出生直後、特別な疾患がなくとも、無呼吸発作を頻発するので、全身状態が安定するまでの間モニターを装着して呼吸状態などを監視し、このような症状が現れるとすぐに治療ができる体制が必要とされている。本件新生児は、ハイリスク新生児であり、リスク因子も比較的高いことに加えて、被告医院における当夜の看護体制は、栗林婦長一人で新生児八人とその母親を看護するというもので、ハイリスク期間内にある本件新生児を看護するには、極めて不十分な体制であり、現に後記のとおり本件新生児の異常を発見するのが遅れている状況も窺われる。したがって、このような場合、出生直後の本件新生児に異常がなかったとしても、被告は、心拍呼吸数の変化に異常があったときに直ちに警報を発するモニターを装着し、夜間の看護婦の人数を増やすなどして、厳重な監視をすべき義務があるが、出生後の経過が良好であったという理由でこれを怠ったものであるから、この点に過失があったというべきである。

これに対し、被告は、本件新生児につき出生後の経過が良好であったから、モニターを装着する必要がなかったと主張するが、本件新生児の出生後の経過については客観的な証拠がなく不明であるばかりでなく、前記認定のとおり、ハイリスク新生児は全身状態が急変して重篤な疾患を起こしうる可能性が高いから、本件新生児につき出生後の経過が良好であったとしても、被告につきその観察・管理義務違反を免れることはできないというべきである。

(三)  また、当直の看護婦においても、ハイリスク新生児である本件新生児の呼吸状態などにつき厳重な監視をし、異常があれば早期に発見して被告の指示を受けなければならない義務があった。

ところが、前記認定のとおり、本件新生児が死亡した当夜の看護体制については、本件新生児に対する監視が行き届かない状況にあったことが窺われる上、本件新生児のカルテが既に処分されているので、体温、脈拍、呼吸等の全身状態、特に午前三時以降の症状及び被告が新生児室に駆け付けてきたときの状態が不明であり、これに加えて、被告本人尋問の結果によれば、呼吸停止後数分以内であれば、蘇生術により呼吸が回復する可能性が高いところ、本件新生児については、栗林婦長から連絡を受けて直ちに新生児室に駆け付け、蘇生術を実施しても、結局、回復しなかったことが認められ、これらの諸事情を考え併せると、栗林婦長が発見したときよりもっと早期に本件新生児の全身状態が悪化して無呼吸状態に陥っていたものであると推測せざるを得ない。栗林婦長は、本件新生児に異常が発生した直後これを発見したと供述するが、採用できない。したがって、栗林婦長は、本件新生児に対する厳重な観察・管理を怠ったものであり、この点に過失があったというべきである。

(四)  以上によれば、本件においては、被告は、本件新生児がハイリスク新生児であることを認識しながら、本件新生児について呼吸モニターを装着するなどして十分な看護体制をとらないで、観察・管理を続けた過失があり、また、被告医院に使用されていた栗林婦長にも、被告の業務の執行中、十分な観察・管理を怠った過失がある。

3  被告の過失と本件新生児の死亡との相当因果関係について

前記認定の事実及び鑑定の結果を総合すれば、無呼吸発作の場合、直ちに酸素療法、薬物療法を開始し、この効果がないときは人工換気法を開始することにより救命することができること、本件新生児についても、早期に無呼吸発作が発見されれば、右療法により救命することができたと認められるから、被告の過失と本件新生児の死亡との間に相当因果関係があるというべきである。

四  原告らの損害

1  逸失利益について

(一) 本件新生児は、出生の翌日に死亡したものであるが、前記認定のとおり出生当時は体重が二三二〇グラムであり、アプガースコアが九点から一〇点に達し、他に先天的な疾患を有していたことを認めるに足りる証拠がないことからみて、厳重な観察・管理がなされておれば、通常は成熟児と同様に発達して成長するものと認められる。したがって、本件によって死亡しなければ、一八歳に達したときから六七歳に達するまでの四九年間就労可能であったものと推認され、その間少なくとも原告眞知子主張の年額一五〇万円(平成四年度賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計一八歳・一九歳欄の年収額二〇二万三三〇〇円以下である。)の収入を得たはずである。そこで、右金額から三割の生活費を控除して、ホフマン方式により死亡当時の逸失利益を算出すると、一七二四万〇一六〇円となるので、本件新生児の逸失利益は、本件訴訟における請求額の金一七〇〇万円が相当であると認める。

(計算式)

1,500,000×(1−0.3)×16.419

=17,240,160

(二) 原告眞知子は、本件新生児の母であり、本件新生児の死亡により、右損害賠償請求権を相続した。

2  慰謝料について

原告らが本件新生児の死亡により計り知れない精神的苦痛を受けたものであり、本件医療過誤の態様、出生時の状況、死亡に至る経緯その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告らの慰謝料としては、各自六〇〇万円が相当である。

なお、本件新生児が原告眞知子と原告次夫との間の子であることは当事者間に争いがないところ、原告次夫から認知されない間に死亡したものであるから、本件新生児と原告次夫との間には法律上の父子関係が発生していないが、このような未認知の父親といえども、法律上の父親と同様の精神的苦痛を被っていると認められる。したがって、原告次夫については、法律上の父に準ずる地位にあるものとして慰謝料を請求しうるというべきである。

3  そうすると、各自の損害額は、原告次夫が六〇〇万円、原告眞知子が二三〇〇万円となる。

4  弁護士費用について

本件訴訟の内容、訴訟遂行の態様、訴訟の経過、認容額等を考慮すると、原告らが、本件不法行為による損害として賠償を求め得る弁護士費用は、原告次夫については六〇万円、原告眞知子については二三〇万円と認めるのが相当である。

五  以上の次第で、原告らの請求は、原告次夫につき六六〇万円、原告眞知子につき二五三〇万円と右各金員に対する不法行為の日である昭和五八年八月一七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官打越康雄 裁判官廣永伸行 裁判官杉田友宏)

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